2023-06-11

どくさいスイッチ(中古)

20kg太った。
大学のころは60kg。今は80kg。

転職を機に一人暮らしを始めてから、ほぼ外食ばかりだったせいだろう。それも毎回満腹のラインを超えて腹十二分目ぐらい食べてたから、どんどん大食いになってしまった。横綱を目指しているわけではないので、最近はダイエットとしてちょこちょこ散歩をするようになった。

 
そして昨年、散歩中に道路で拾ったのが、『どくさいスイッチ(中古)』と下手な字で書かれた謎のボタンである。どくさいスイッチといえばドラえもんの道具で、邪魔な人を世界から消してしまうという装置だが、こんなものを作るなんて、小学生の自由研究にしても気味が悪い。さらに(中古)とはなんだ。1回売れたのかよ。癖の強いお笑いの小道具か?ツッコミどころしかなくて、もう持ち帰るしかなかった。

拾った日はそんなふうに笑ってられたんだが、翌日そのスイッチを押したら本当に人間が消えてしまった。TVのニュースをつけても、誰もいないスタジオが無音で映っている。コンビニに行っても誰もいなかった。電話もつながらないし、一番怖いのが、TwitchやYoutubeライブでどの配信を開いても、すべて放置垂れ流し配信になっていることだ。もうやめてくれ。せめて配信ごとストップしてくれ。

胸がえぐられる様な絶望の中、どくさいスイッチ(中古)の裏側を見ると、「100人 生存」と書いてあるのを見つけた。他にも生存者がいるということならば、どうにかして彼らと連絡を取る手段はないか?いや、でもそんなことして意味があるのだろうか。この世界を受け入れて、ひとりで静かに食って寝て生きていってもいい。もともと、海の近くの小屋でひとり穏やかに暮らすのが私の夢だったではないか。ウォーキング・デッドのようにゾンビがいるわけでもない。食料と生活品だけ調達に行けば、理想の暮らしができるはずだ。オンラインゲームで対戦ができないのは残念だが……。

結局1カ月ほど、そのままアパートで暮らしていた。仕事に行く必要が無くなったので、近くのセブンに食料調達に行き、図書館で本を借りてきて(盗んできて)毎日家で過ごしながら、これからのことを考えていた。人がいなくなっただけで、電気ガス水道などのライフラインは止まっていなかったので、想像していたようなサバイバル生活でもないし、変な感じだった。

1カ月経ってからは、車で旅をしながら過ごすようになった。仕事をしていたときは連休なんて大して取れなかったから、日本中、あちこち回るのが楽しかった。でも、誰とも会わないし、話す相手もいない。やることがないから巡っているだけなのだ。世界がこうなる前、散々「一人で過ごしたい」「一人で作品を作りたい」と豪語してたのに、いざそんな生活になると孤独に押しつぶされ、消えてしまいそうだった。

 

「明日からは自分以外の生き残りの100人を探そう!」
――そう心に決め、愛車のボルボで眠る。

 

 
夢の中、実家の掛け時計は深夜0時を回っていた。私は目をこすりながら、兄弟がプレイするFF6を見る。兄と姉が知恵を出し合いながらゲームを進めていく。自分がプレイしたいという気持ちもあったが、その場に自分が一緒にいるということ、それだけでうれしかった。普段なら21時までには寝ているけど、夏休みだから許されるのだ。ああこれは、小学生のころの思い出か。あのころのように、家族や友人と、もっともっと話せばよかった。もう、誰にも会えない。誰とも話せない。もう、二度と……。

 

 

 

 

 

 

 

日よけのカーテンの隙間から、陽射しが車内に入る。まどろみの中、何か声が聞こえる。野犬か何かだろうか?

 
店員「すみません、大丈夫ですか?」
  「そろそろ閉店ですよ」
私「はあ」

 
79kgの体を起こすと、ラーメン屋の店員は去っていった。
食べ過ぎて気持ち悪い。
カウンターには、どくさいスイッチによく似た、古びた注文ボタンがあった。




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