2025-08-02

就職が決まった

無職396日目である。

2週間ほど前、ついに就職先が決まった。盆には引っ越し、今月下旬から働き始める。

無職になって1年が経過したこの7月から本格的に求人活動を再開した。正確には、それまで資格・経験的に無謀なところばかり応募していたのを、やや現実的な範疇にしぼって応募するようにし出した。結果、2社目で内定を得た。 

名古屋から関東地方への引っ越しであり、近くに家族や友人は誰もいない。そして昨年から車を失ったままなので、引っ越し先では徒歩か自転車、あるいは公共交通機関での行動になる。これは30代半ばにして、自分にとっての新たな試みである。

これまでの人生では下宿や留学することなく、生まれ育った県内で過ごしてきた。前職に就くにあたり20代後半から一人暮らしを始めたといえど、そこは実家から車で1時間半。気軽に帰れる距離だった。それが今度の引っ越し先からだと新幹線を使って5時間以上かかる。経済的にも厳しいので年に1回帰れば良い方だろう。

仕事内容は、教育・福祉分野である。ちなみに文章を書く仕事も諦めていない。最近はもっぱらnoteにて執筆活動を続けているが、就労してからもこれまで通り書き続けるつもりだ。

読書習慣も続けていきたい。この1年以上に及ぶ無職期間に、詩・エッセイ・小説・論考などさまざまな分野の本を300冊近く読んだが、非常に多くの知見を得られ、ものを考える視野が広がった。

一人の人間が長い年月をかけて書き残したものには、あふれんばかりの魂を感じる。そういう本にめぐり逢うたびに、ああ、わたしも何かをしたい、考えたい、書きたいと思わされる。

わたしにとっての豊かな人生には、一次体験をすること、読書体験をすること、そしてそれらの経験や知識からものを考え、感じることが欠かせない。そうすると、必然的にまとまらない思いが浮き上がってくる。わたしにとっての執筆とは、それをすこしずつ拾い集めて書き留める作業である。

これからの新たな生活には、困苦が多いかもしれない。孤独を感じることも多いかもしれない。道に迷うことも多いかもしれない。しかし、わたしには車も金も仕事もパートナーも失ってなお、ひたすらに人生に集中し孤独を慈しんだ日々がある。あの日々の直感を頼りに、周囲とは異なる道を探し、作っていくしかない。

わたしの心には、この1年間でたくさんの人間と物語が入ってきた。旅先で見たもの、本で読んだもの、実際に会った人の言葉や生き方。自然や建物、動物の美しさと儚さから感じるものもあった。ひたすらに生きようとする人々の史実を知り、堪えざる受難や苦難に堪えようとする人々も知った。

だからこそ今の自分には、家族や親戚、友人や元同僚といったこれまでの周囲との関係の中にとどまって生きることはできない。同じ仕事、同じ地域を選ばなかったのもそのためだ。これまでのすべてを捨てるのでも、現状維持をするのでもなく、新しいものを探さなければならない。そして考え続け、書き続けなければならない。

その放浪と冒険の孤独は、いったいどの程度の深淵さを有するか。身をもって体感しつつ、またこの場所に書き遺しておきたい。

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