2023-06-25

むかし、僕には弟子いた

Pocket

「○○くーーん!あ・そ・ぼ!!」


カズヒコが、いつもどおりの大きな声で僕を呼んだ。
我が家には表札の真下にインターホンがあるのに、彼は決して押さなかった。聞くと、「なんかはずかしいんだもん」と言う。家の中まで響く大きな声で呼ぶ方がはずかしくないだろうか。少なくとも呼ばれる僕ははずかしい。


カズヒコは、僕が小学校3年生の頃に近所に転校してきた。1つ年下だったので、彼が小学校2年生のときに越してきたことになる。

彼が転校してきて初めての通学団会では、みんなの前で紹介されて戸惑うカズヒコを見た。カズヒコとは通学班がいっしょになった。5年生のシンペイ君が班長で先頭にいて、僕は副班長だから最後尾。カズヒコは、僕の前に並ぶことになった。

*****

ところで、小学校時代の僕は誰かといっしょに遊ぶことは多かったが、これといった”グループ”には属していなかった。敵対するような人間は男女ともに居なかったし、誰かとずっと一緒にいたわけでもない。ただ流れるように、誰とでも関わっていた。今思うと、当時わからなかった出来事はそういった僕の人との距離感のせいだったのだと合点した。

例えば、小2の頃にブラジル出身のクラスメイトのジュリアから急に電話がかかってきたことがある。朝の7時過ぎだった。

ジュリア「○○くんの家の電話ですか」
母「ジュリアちゃんからだよ でもなんでこんな時間に?」
僕「え? もしもし代わりました」
ジュリア「きょう うんどうかい ある?」
僕「え?花火が鳴ったし、あるとおもうよ」
ジュリア「ありがとう」

自分がジュリアとよく話すわけでもないが、ジュリアが学校で誰かと仲良くしている様子はみたことがなかったから、聞く相手がいなかったのだろう。ブラジル人であるというその見た目や、外国特有の柔軟剤の匂いのせいでクラスメイト(特に男子)からは距離を置かれていた。

一方で、学活の時間に視聴覚室でジュラシックワールドを見ていると、嬉々として「これからこうなっちゃうんだよ」と盛大にネタバレをして大ブーイングをくらっているのも、ジュリアであった。「まだ見たことない人もいるんだから、先のことを言うのはいかんよ」と言うと「そうなのか」と言っていた。本当に理解しているのかはあやしい。

それから、男子の転校生が来ると、最初の1カ月ぐらいは一緒に居ることが多かった。あれも自然の成り行きみたいなもので、他のクラスメイトは瞬間最大風速的に仲良くなったり、もしくはしばらく距離を置いていたからだと思う。一方で僕は、誰とも距離感が一定であった。そりゃあ、よく遊ぶ友達は仲が良いけど、逆にいうとそれ以外は、空気を読むのが苦手なジュリアだろうとリア充だろうとオタクな奴だろうと、こちらのスタンスは変わらない。

今思えば、慣れないクラスにやってきた転校生が最初に僕と絡むのは自然現象なのだ。そして、1カ月でクラスやリズムに慣れてきた転校生が違うグループに落ち着くのも、自然現象なのだ。自意識過剰さを恐れずにいえば、小学校の間で3人の転校生を見届けた。大人になって振り返り、そんなことに気づいた。


*****

1つ下の転校生カズヒコとは学年もクラスも違うため、見届け人みたいなことはせずにすんでいた。登校時も最低限のあいさつを交わすぐらいである。


ある日、他の友達と近所の公園で遊ぶ待ち合わせをして待っていると、カズヒコが来て、「よっ」「こんにちは」とあいさつを交わした。友達を待ちながら、僕がゲームボーイで『ゼルダの伝説 ふしぎの木の実』をプレイしてボスと戦っていると横からカズヒコがのぞき込んで「コアトルみたいだね」と言った。

「コアトルって、ドラクエの?知ってるの?」「うん」その会話がきっかけで一気に距離が縮んで仲良くなった。子どもの僕らが仲良くなるきっかけは、あらゆるところに転がっていた。「その友達と、いっしょに遊んでもいい?」カズヒコは人懐っこい奴だった。

「さまようよろいしってる?」「ドラゴン系が好き!」
カズヒコは、僕がどんな友達に対しても、静かに置いている”距離”を気にせずに近づいてきた。こんな人は初めてだな、と思った。思いながらも、無邪気なカズヒコに流れを委ね、互いの家に遊びに行った。でもカズヒコは外で遊ぶのが好きだったから、最終的には外で遊ぶことになる。ゲーマーでインドア派の僕は、カズヒコによって外の世界に駆り出されていた。

*****

ある時、ゼルダの伝説をプレイしたことがないというカズヒコの希望に応え、ゲームソフトを貸した。数カ月ぐらい経っても返却されないので、借りパク癖があるのか?それとも忘れたのか?と思って、「あれ返してよ またやりたいから」というと、「あ、ああ~。ごめん。明日持ってくるね」とカズヒコは答えた。

それから数日間、カズヒコは「忘れちゃった」といって持ってこなかった。「もう、明日は絶対もってきて!メモ入れておくから」とカバンに『ゼルダ かえす』と書いて入れてやる。

次の日の朝、通学班の集合後、カズヒコが「カバンに入れてあげるね」と僕のカバンの小さなポケットに入れてくれた。チラッとソフトを確認すると、ちゃんとあのゼルダの伝説ふしぎの木の実である。「ありがとう」と、その日は別れる。


学校が終わり、家に帰ってから早速久しぶりのゼルダの伝説をプレイすると、データが消えていた。「えええええええええええめちゃくちゃがんばったのに ゴロンダンスとか……」と半泣きになりながらも諦めて、床に就く。カズヒコか……?

次の日、朝からずっとどうやってカズヒコに聞こうかと考えた。これ以上ないくらい頭が回転していた。班の集合場所で待っていると、おどおどした顔のカズヒコがやってくる。「(そろったから)行くよ」と班長が出発する。出発から数分、坂を上り始めた頃に目の前にいるカズヒコに声を掛ける。

僕「あのさ、データって消えてなかった?消えちゃってたんだけど、俺が受け取ってから消えちゃったかもしれんし」
カズヒコ「……ごめんなさい」
僕「あ、消えちゃってた?」
カズヒコ「押しまちがえて、消しちゃいました
僕「……そうか、わかったよ」
カズヒコ「…………え?おこらないの?」
僕「いや、間違えたならしょうがないじゃん。今度はわからないなら聞いてからやってね」
カズヒコ「え、怒られると思った!!もう遊んでくれないかもって……やった!!」
僕「いやおこってるわ でももう戻らないからしょうがない そう考えるしかない」
カズヒコ「ごめん ありがとう…」


カズヒコには、悪意がないとわかっているから声を荒げることなどできなかった。

*****

ある日、近所の公園に行くと、背の小さい色黒のヤンキー風(僕より1個上、カズヒコより2個上)の奴がいた。クレヨンしんちゃんのチーターに似ている。
カズヒコと一緒に公園に行くと、すべり台を陣取って悪を気取っていた。なんかおるわ・・・ブランコ行くか、と思っていたら、チーターとカズヒコが燃え始めていた。チーターは小4、カズヒコは小2である。

チーター「なんだ、おまえはいいわ。でもお前の横の奴、なんか腹立つな。ガンつけてんのか」
カズヒコ「は?何がだ うるさいな」
チーター「おう、いいぞ。やるのか?」
カズヒコ「うるせえ 降りてこい」
などと言いながら、草むらで取っ組み合うわ、馬乗りになるわで、ボコボコやり始めた。お前ら、昭和から来たのか?


一通り互角、そして互いに大したケガもなさそうにみえる程度で「そろそろ行くから、今日はこんなもんにしといてやるわ」とチーターが捨て台詞を残し、謎のバトルは終わった。僕が昭和にタイムスリップしているのか?

*****

40年前からタイムマシンに乗ってやってきたカズヒコは、町内の違うアパートに引っ越すとのことで、半年ほど経って行ってしまった。小学校は変わらないけど、通学団も違うし、遠くて遊べなくなる。

彼が行ってしまう前の最後の日は家に行き、母から預かったどん兵衛を数個持って「引っ越しそばならぬ、引っ越しうどんてことで」と渡した。途中から帰ってきたカズヒコの母も「ありがとう」と言ってくれた。カズヒコの家は、離婚が原因で転校してきたらしい。アパートはいつも、とてもタバコくさかった。「また学校で会えるからね」互いが涙ぐんで、でもしっかりと泣きはしなかった。

*****

それからたまに小学校ですれ違う程度で、ほとんど会わなくなかった。が、カズヒコが引っ越してから5年程経ち、中学校で思わぬ再開を果たした。

部活の伝達事項があって珍しく下級生の学年の教室に行くと、「○○くん!!!」とカズヒコが声を掛けてきた。カズヒコの見た目はそのまま大きくなったという感じで、一方カズヒコは僕の方の背が伸びていたことにびっくりしていた。「知ってるの?」と部活の後輩がカズヒコに聞くと、僕のことを「師匠だよ」と言う。「なんだ師匠って」と僕と後輩が笑うと、「なんか、師匠ってのがちょうどいい言い方みたいな」と変なことを言っていた。

師匠とは大げさだが、カズヒコがそう思ってくれていたのなら、1年いっしょに過ごした日々が夢でもタイムスリップでもなく現実だったのだと思えた。君と最後に話してから16年。大事なデータは、間違って消さないように気をつけているか。

 

Pocket

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です