親愛なる友へ
一人暮らしを始めて、ちょうど5年が経った。
実家までは車で2時間程度で帰れるので、数カ月に1回は帰っている。
実家や、その周囲の風景は少しずつ変わってきた。
空地に住宅が建ち、昔子どもだった人たちは大人になり家庭を持っている。
昔、家にはソファーがあった。
ひじ掛けの木材の部分は犬に噛まれ、
約10年の年月をかけ、じっくりと味を出していった。ボロボロになったとも言う。
* * *
私が8歳になるちょっと前に、彼女はやってきた。
最初は、”犬は人を噛むんだ”というイメージが強く、恐れていたのだが、
徐々に彼女を理解していった。
父と私と彼女で、散歩に行くのが好きだった。
休日、夕方に3人でちょっと遠くのたこ焼き屋まで行って、
たこ焼きやフライドチキン、ジュースを買って帰る。
チキンをあげると、骨をいつまでも加えて、真剣な目で食べ続けていた。
私も笑いながらも、真剣にそれを見ていた。
彼女は室内で過ごしていた。
彼女が家の階段を上るときは、当たり前だが4足歩行で、
ぴょんぴょん素早く上がっていった。
4足なら速く上がれるのかと、私もマネをした。
おかげで、今でもたまに実家の階段を急いで上るときは
4足歩行になってしまう。でも、こっちのが本当に速いかもしれない。
彼女が小屋でご飯を食べている時、
近寄ったり声を掛けたりするだけで怒った。
うなって、場合によっては小屋から飛び出して来て噛みついてくる。
ご飯と睡眠を邪魔されるのだけは許せなかったらしい。当然である。
冬、朝起きると彼女はストーブの前に陣取って寝ていた。
私が近くに行くと、私のあぐらの中におさまって寝ていた。
彼女の毛はとても熱くなり、そしてこげくさかったが、
それは幸せな匂いとして私の脳に刻まれていった。
私は、あまり彼女の面倒を見ていなかった。
しつけるという考えもほとんどもっていなかった。
関係としては、同志とかライバルみたいだった。
私が一番好きな彼女の姿は、
2つ並んだソファーの合間に、めり込むようにして寝ている姿だった。
2つのソファーはただ並べてあるだけだから、彼女が寝ていてだんだん
合間にずり落ちて、めり込んでいくのが面白くて、かわいかった。
12年を共にした。
急激に弱っていく君を見るのが辛かった。
様子がおかしいと、深夜に病院に連れていったとき、
君は夢の中で走っていた。
普段明るく穏やかな両親は泣いていた。
彼女と別れた後、
私は電車に乗って出かけた。
数駅で途中下車し、コンビニでストロングゼロを買って一気に飲む。
当時20歳で酒のこともよくわからず、初めて酔ってふらふらする。
再び電車に乗る。目的地である本屋に着くと、
不思議な感覚で並んでいる漫画や小説を見る。
私の体はどうして動いているのだろう。
目当ての本を1冊買って、また電車で帰る。
車内、電車の揺れる音あるが人の声なく、
心がすっと落ち着いた瞬間、車内にて涙がこぼれる。
家に帰り、部屋に直行しピアノに触れる。そのとき、初めて
私の感情がピアノを弾くという感じがした。現実世界に在る私の体が
ただ物理的に奏でるのではなく、私も分からず言葉にできないような、
曖昧で脆い私の感情が、ただ感情が弾いて音が聴こえるのだと
思った。ピアノを弾きながら一人で泣くと、彼女の死をやっと、
12時間以上も、半日も経ってから理解した。
* * *
あれから10年以上経ったらしい。
今は、あなたから少し名を拝借し、
めり込まざる者と名乗っています。
いつもありがとう。それではまたね。
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